池袋発ホテルニュー塩原行きのバスの中でさいはて紀行を読んだ

9月30日のなんで買ったノートは、金原みわ 『さいはて紀行』(税込1080円)。

なんで買ったの?

  • 珍スポットと金原みわさんが気になるので
  • 普通の本屋では売ってないけど紙でほしくて、タコシェ行かなきゃと思ってたら下北沢のB&Bにあった

めちゃくちゃ読みたかったのに1か月くらい積んでいた本

父と母を旅行に連れて行く。と意気込んで早幾年。そのタイミングが今、来た。

本には、読むタイミングがある。

学生時代に恋人に借りた『砂の女』はまだ読めてなくて恋人は先月、元恋人になってしまった。

今日話す本も、ずっと読みたくて買えた時はめちゃくちゃ嬉しかったのに、今日まで他の本を優先させていた。

金原みわ『さいはて紀行』

紀行文といえど、彼女の行く先は独特で「10人に1人がその怪しさに気づくけれど、入りはしない店」というようなところを嬉々として訪れる。

「珍スポット」と呼べば共通言語になりやすいけど、その言い方はあまり好きではない。

彼女はそこにいる人に話しかけ、彼らの生活に触れる。私たちよそ者には非日常に見える世界の、日常を描くところが好きだ。

“クズな好奇心”で動いていることをわきまえていらっしゃるし、ただのいい人ではなさそうなところも好きだ。

ぶっ飛んだ天才というより、ふらふらと際に立ってしまうような人っぽい。

私は、珍スポットはおもしろがるけど、そこにいる人はこわい。話したくないし話しかけられると愛想笑いもできない。(例:かがや に行ってみたいけど怖い。人由来の珍スポは避けてしまう)

でも著者はガンガン突っ込んでいく。
線を引かずに。

悪く言うと遠慮知らずとか土足で行っちゃう感じは、クレイジージャーニー達もそう。

そういう線を越えたいような越えたくないような。

いつも、雨の日靴下に雨水がゆっくり染みこんでいくような想いをしている(そこを出たいのに出られない。好きなのに話しかけられない)から、軽やかに線を踏み越える人の文章に触れて、文字通り血肉としたい。

送迎バスの4列シート

せっかくだからと両親をふたりで座らせて、私は荷物と座る。運転手のタメ口と同乗者のおばさん達の圧にまいりそうになる。

父は大丈夫だろうか。週刊誌も買っていなかったし、おじさんおばさん達の雑な盛り上がりに不快感を抱いていないだろうか。こういう時、父の機嫌を気にしてしまう。

私の繊細さ(センシティブ)は父の血を引いている。

さいはて紀行をめくり、芦ノ湖のストリップ劇場の話を読む

淡々と楽しい。起きていることはエキゾチックだけど著者は落ち着いている。噛み締めタイプの人か。

私がこんな体験をしたら、鼻の穴を広げ息を荒げてベラベラしゃべってしまう。

手のひらを舐める好奇心はあっても、ディルドをさしこむ勇気はないかも。

でも私は、ドキドキしながらディルドをさしこむ側の人間になりたい。

※女の人としたいとかじゃなく本の話よ

しばらくすると、バスの運転手のおじさんはただ言葉遣いがちょっと荒いだけでいい人そうだと思ったし、同乗者の騒ぎも落ち着いた。

毎日更新のブログを自分に課したせいで、最近は好きに書くってことをしてこなかったけど、高速バスの中の私はちいさく孤独なので筆が進む。

20年ぶりの家族旅行が終わったら、私はひとり旅ができる身体になっているかもしれない。

読み終えて父に渡したら父もおもしろがって読み終えた。

都築さんに触れたのも父の本がきっかけだろうし、私の趣味は父の影響を受けすぎている。

私も返せるようにしたい。

父にも、母にも。

金原みわ さいはて紀行


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